前田眞さん-「関わっていくまちが元気になっていくこと」




今回は、インタビューの記事。
拙い文章ではありますが、僕の尊敬する”愛媛のまちづくりの先駆者”前田眞先生をご紹介します。

 

前田先生と僕

僕が、「”まちづくり”を仕事にしたい」と思うきっかけになった憧れの方「前田眞(まえだ まこと)」さん。
僕は、いつも「先生」と呼ばせていただいておりますので、ここでも「先生」とご紹介(笑)

前田眞先生2

高校時代の僕は、商業研究部という部活に入っておりました。

呼んで字のごとく、「商業を研究する部」なのですが、僕らの時代から少しずつ、「研究」だけではなく、「行動を伴う研究」をするようになっていったとき、
八幡浜商工会議所が主体となる「ショップモビリティ事業委員会」に参加(平成13年)。僕たちなりの「”まちが元気になる”タウンモビリティ」かなんかを発表させていただいたことを思い出しました。

タウンモビリティ事業発表

※ショップモビリティ(タウンモビリティ)とは・・・
障がいや病気・怪我などにより、移動がスムーズに行えない人たちに、商店街や街の中を自由に楽しんでもらおうという「外出支援」の取り組みのこと。
この概念が広がったものが、「UD(ユニバーサルデザイン)」になる。

 
その時、この場に来られ、僕たちの前に講演されていたのが、前田眞先生。
僕が初めて先生に出会った時です。
先生のお話を聞き、私はその内容の深さに感銘を受けたとともに、「これを仕事にしている人がいる」ということを初めて知り、「こういう働き方もあるんだ」とワクワクさせられました。
それから先は、先生みたいになるにはどうしたらいいか、追いつけるはずもないのに、いろんな勉強をしたり、はたまた、先生にラブレターのようなものを送りつけたり、タチの悪いファンみたいなことを、いろいろやっていました(笑)。
そんな先生と再会したのは、YGPの活動をはじめて1年目。社会人になって1年目の夏だったでしょうか。大洲市のセミナー会場でした。
嬉しさのあまり、自分たちの始めた活動を自慢したくて「YGP」のことをガッツリ説明。以降、総会などにも顔を出していただける関係となり、最近では、八幡浜の道の駅・みなとオアシス「八幡浜みなっと」(みなと交流館)の中間支援業務の相談役としても関わっていただいています。

今回は、そんな先生をもっと知りたいと思い、改めてインタビューをさせていただきました。
先生の”まちづくりにかける思い”を聞いてきました。

 

あえて「黒子」に徹する

先生は、1953年(昭和28年)八幡浜市生まれ。現在は、伊予郡松前町に在住。
平成17年6月設立の「NPO法人 まちづくり支援えひめ」の代表を務めていらっしゃいます。

先生のお父さんは、八幡浜市役所の元職員。建物の設計関係を取り仕切っていた松村正恒氏のもと建築設計を担当していたとのこと。
そんな父の影響もあって、広島県の建築系の大学に進学されました。

大学では、「建築」というより「都市計画」。
「農山漁村」をテーマにした研究室に5年間所属し、現地調査を通じて、様々な指標(基準)をつくる研究を行っておられました。
現地調査を行ったことで、「現場」の大切さを実感するとともに、「発見的手法」(現場に入る前に、あえてその現場のことを調べずに行き、自分の感性でその現場を感じ取ること)を学び、卒業後は、コンサルの会社へ。
広島県内の公共団体等を相手に、様々な都市計画(まちづくり)のコンサル業務を担当。数々の実績を積み重ねてこられました。

平成7年1月17日の阪神淡路大震災を経て、「ボランティア活動」の高まりを受け、「地域の人を相手にしたコンサルティング」の必要性を感じはじめたということ。
「公」(おおやけ)にだけには頼ることができない時代を見据え、地縁組織等の「ボランティア活動」の重要性を説かれました。

以後、愛媛県内を中心に様々な地域の現場に入り、「中間支援」(地域を良くしていくための応援)の活動を展開。

前田眞先生3

「まちづくりの先頭には立たず、あえて黒子に徹する」スタンスのもと、地域住民の具体的な取り組みに対して、様々な提言(問題解決の方法、新たな切り口の提案など)を実施しておられます。
応援する団体に対して、「今何をやっていかないといけないのか」を問いかけ、本当にやりたかったことを気づいてもらう過程を大切に、時には、辛い選択を提案することもあるが、団体の目的を明確にした上で、一歩を踏み出せるよう背中を押してあげている。
また、「マルチ ステークホルダー プロセス」の考えのもの、多様な団体が地域課題の解決に向けて合意形成を図っていくお手伝いにも力を入れている。
関わる団体の「強み」を活かしたコラボレーション(協働)が実現できるよう、様々なアプローチから応援を行っているということ。

 

必要とされる人になりたい

喜び・やりがいは、「関わっていくまちが元気になっていくこと」、「地域の人から必要とされること」だという。
人が変わり、まちが変わる、それに関わらせていただいてることが嬉しい。自分の存在価値はここにあると考えておられます。

前田眞先生

 
まとめ

先生と改めてお話しさせていただき、僕自身、多くの「気づき」をいただいた。さすが、人の「強み」を引き出す「中間支援」の専門家。
先生は、打ち合わせや講演などで、一日のうちに愛媛県の東(東予)から南(南予)へ移動するなど、かなりの行動派である。
呼ばれたら、時間の許す限り縦横無尽に走り回る。休みの日でも、次の仕事につながるし、自分の存在価値を高めることになると思い、動きまくっているのだ。
あえて立ち止まらないという。先入観を持たず、「発見的感覚」を磨くためにも、どんどん地域に入り込み、「感じる」。
日々の動きは、先生にとって「感性を磨く旅」なのかもしれない。

今、先生がその地域で行った「布石」が、住民の手によって、動き出し、人やまちが変わりはじめている。
「黒子」という地味な活動でも、その「応援という布石」は、次の時代へ繋がっている。
私が、高校時代に先生から感じ、学んだように、先生の言葉と行動は、人の心を動かし、まちを動かすものに違いない。

 

前田先生の愛読書

●「我と汝」(マルティン・ブーバー)

●「実践論・矛盾論」(毛沢東)

 







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ABOUTこの記事をかいた人

浜田 規史

愛媛県八幡浜市生まれ。山口大学卒。 高校時代に商店街活性化を目的にしたお店「AKIND」(あきんど)を開店したことがきっかけで、地元が大好きになる。 大学卒業後、帰郷し地域金融機関に勤める傍ら、八幡浜を元気にすることを目的にした「NPO法人八幡浜元気プロジェクト」の代表、ローカルWEBメディア「KITONARU」編集長などを務める。